「過去」は実在しない上に、曖昧な記憶で本当の過去は作り話に変る
時間とは何か
時計を見ると時間は一秒ずつ進む。
夕方になると日が傾きやがて夜になる。
人は無意識のうちに時間は流れていると感じている。
風が吹けば木の枝を揺らすので、風が実在することが分かる。
しかし時間の存在を理論的に証明できても、物理的に実在を証明することが出来ない。
つまり、時間は脳の中にだけ存在するため、時間は脳の中の感覚である。
時間は流れていない
過去は脳内に時系列に並べられた記憶である。
時間が実在しないなら、時間が流れている事実もない。
「今」しか実在していない事を意味している。
過去とは何か
時間が実在しないなら、過去とは何か。
過去とは今よりも昔のことで、時間の流れ過ぎた事を指す。
人は見たこと感じたことを、脳内に時系列に並べて記憶して保管している。
記憶が古いほど遠い過去と認識する。
つまり過去は実在せず、脳内の記憶である。
過去の出来事を事実と証明する方法
ケガをすると痛みを感じて血が流れる。
しばらくすると血は止まり痛みだけが残る。
痛みは徐々に和らぎ、傷跡が小さくなりはじめ、傷跡は長い期間残る。
傷跡が残っている間は、過去にケガをしたことを証明できる。
しかし、どのようにケガをして、どのくらいの時間で傷が消えたのかという過去は脳の中の記憶でしかないため、それが事実であると証明が出来ない。
記憶の曖昧さ
記憶とは、人それぞれが見て感じた「今」を時系列に並べて脳内に保管する。
しかし、記憶は「今」を単純・正確に時系列に保管するものではなく、蓄積された記憶と強く結びついて保管される。
つまり、脳は度々曖昧な記憶を保管することになる。
その曖昧な記憶を思い出し、再保管する際に、再び蓄積された記憶と結びつき曖昧な記憶となって保管される。
未来の記憶(dejyabu)も記憶の曖昧さによって起きている。
そして繰り返し上書きされた記憶は真実ではなくなり、脳内で作られた架空の話に代わってしまう。